走らない人が走り始めるとき (17)

3度めのフルマラソンを走る人 (2021年12月19日)

朝6時に起床。マラソンの日の朝食は腹持ちの良いモチがいいと聞いたので、サトウの切り餅を3つ。2つは砂糖醤油で、もう1つはコメダの餡ペーストをつけて食べる。飲み物はオレンジジュース。ダノンビオのヨーグルトも1つ。そしてマラソン準備における最重要項目の排泄。しかし昨日酒量がやや多かったせいかやや下し気味で少し凹む。もうちょっと抑制すべきだったか。

気を取り直していつものように両乳首に擦り切れ防止の絆創膏を貼り、唇にリップスティックを塗り込み、着替えを入れたリュックを背負って朝7時半に家を出た。2週間前に事前準備で30キロ走をして以来、歩いたり走ったりする時に右足親指の付け根辺りの関節が鈍く痛むのだが、今日もやっぱり同じ。マラソン中にひどくならなければいいんだがなー。

外は快晴。そして今朝は気温が氷点下まで下がって寒い。田園調布駅まで15分ほどかけて歩く。途中のファミリーマートでポカリスエット、inゼリー、おにぎりを購入。東横線に乗って武蔵小杉まで行き、JR南武線に乗り換えて20分あまりかけて南多摩駅に着いたのが午前8時半だった。その間電車内でポカリスエットをチビチビと飲んでいた。

いっしょに走る2人のうちの1人、Fとたまたま南多摩駅の階段で一緒になった。腹の調子がいまいちなので駅のトイレに行く。駅を出て北上し、多摩川を渡って今日の大会の集合場所に集合。もう1人、Sとも合流して、3人で着替えたり準備運動をしたりする。気温は摂氏2度。日陰にいると寒い。が、私は暑いよりも寒いほうが断然好きなのでこの条件は悪くない。

前回の大会のときはワイヤレスイヤフォンをスタート直前に慌てて耳に差し込んだら、片側からだけしか音が聴こえない状態のまま最後まで走ることになってしまったのを反省し、今回は早めに装着し両耳から音がちゃんと出ていることを確認する。

そうこうしているうちに9時20分になった。スタート10分前だ。ちょっと直前過ぎかとも思ったが、なんだか腹が減っているので食べておいたほうが良かろうとさっきファミマで買ったinゼリーとおにぎりを食べる。FとSから、「ええっ。今食うの!?」と突っ込まれ、やっぱりちょっとギリギリ過ぎたかなとも思ったが、腹の調子はどうやら保ちそうだし、まあ大丈夫だろう。

走っている途中で摂る補給食は、いつものように栄養ゼリー3つとスポーツようかん2本を準備していた。前回同様15キロ、25キロ、35キロ地点でゼリーを食べ、20キロと30キロでようかんを食べるつもりである。ところがランニングパンツのポケットが浅くて入り切らない。しししまった。いつも履いているパンツではなく、今日はノースフェイス製のウエスト部分に伸縮性のあるポケットがいっぱい付いたパンツを履いてきたのだが、このウエスト部分のポケットのせいで左右の普通のポケットが浅いのだ。しかたがないのでウエストの後ろ側にようかんを押し込んだが、ゼリーは入らない。

しかしパンツの左右のポケットにはその他にもハンドタオル、マスク、携帯用カイロ(左右に1つずつ)を入れていてあふれんばかりだ。それでも補給食を外すわけにはいかないので左のポケットにマスクと一緒に無理やり詰め込んだ。

などと装備問題でごちゃごちゃやっているうちに9時半になってレースがスタート。いかんいかん。気持ちを落ち着けないと。事前に3人で、なんとなく「1キロ5分30秒でいけるところまで」という方針で行こうかということになっていたので、だいたい同じ位置で前からF、私、Sの順で走り始めた。

コースは是政橋という橋の下がスタート地点。ここからまず2.195キロの端数を先に走ってスタート地点に戻ってきて、そこから上流へ2.3キロ走って折返し、再びスタート地点へ。そのままそこを通過して今度は下流へ2.7キロ走ってまた折り返し、またスタート地点に戻ってくるとちょうど10キロ。これを4回繰り返して合計42.195キロというもの。フラットな地形なので走りやすいが、道が狭いので飛ばして走っている自転車がけっこう恐い。

6、7キロほど走っていると、両手につけた防寒用のグローブが気になりだした。早くも暑くなってきたのである。しまったなー。これくらいの気候だとスタート直前に外しておけばよかったか。ポケットがパンパンなのでグローブが入る余地は無い。仕方ないので時々外して手で握りしめ、それがちょっと邪魔に感じたらまた両手につける、というような動作を何度か繰り返しながら走った。

そうこうしていると前を走るFの靴紐がほどけ、Fは道の脇に立ち止まった。自動的に私が3人の先頭に立った。グローブのことも気になるが、左側のポケットからマスクの一部が何度も顔を出してくるのも気になってしかたがない。その度にぎゅっぎゅっと中に押し込む。んー。なんか今日は気が散って全然走りに集中できないぞ。

最初の下流側での折返し地点を超えて10キロ地点あたり、何気なく左ポケットに手を突っ込むと、3つあったはずのゼリーが1つになっていることに気づく。ななななな。なんということ。マスクを押し込んだりしているうちにどこかで落としてしまったのだ。参ったなー。これで用意した5つの補給食がいきなり3つになってしまった。腕時計を見たら、精神的動揺を反映してかキロ5分20秒を切ったりしてオーバーペースになっていることに気づく。いかんいかんいかん。落ち着け落ち着け。幸いこの大会は同じコースをぐるぐると周回するんだから、絶対に見つかるはずだ。以降、ランニング時の理想的なフォームとは程遠い、ずっと地面を見つめながらの姿勢で走ることになった。

そうこうしているうちに15キロ地点。予定していた1回めの補給は本来ゼリーの筈だったが、そのゼリーは1つしかない。ようかんが連続するのも飽きるよなと考えて、先にようかんを食べることにした。給水所の直前あたりで走りながら食べ、給水所で取ったポカリスエットで胃に流し込む。しかし、このままだと30キロ地点と35キロ地点で食べるものが無いぞ。エネルギー不足で失速するのはいやだなあ。是政橋下の給水所にはバナナも置いてあったからあれを取るか。しかしバナナは食べるのに時間かかりそうだし時間をロスするよなあ。とりあえず補給を5キロ毎じゃなくて7.5キロ毎にして時間稼ぎをするか。

などとうだうだと考えを巡らせていた17キロ地点あたりで、遂にコース上にゼリーらしき物を発見!!通り過ぎてしまったので慌てて少し戻って夢中で拾い上げると・・・それは誰か別のランナーが食べた後のゴミだった。ショック・・・。誰だ、路上にゴミを捨てた不届きなヤツは。その怒りは、ゴミを拾うためにペースを乱してわざわざ引き返すまでした自分にも向けられる。何やってるねん、おれは。しかしこの一連の行為を端から見たら「マラソンを走りながらゴミ拾いまでする物凄いマナー意識の高い人が大会に出場している」と強烈な印象を残したことであろう。

だが、人々に強い印象を与えるためにおれはあのゴミを拾ったわけではないのだ。おかげでこの1キロは15秒くらいロスをした。ひどく腹を立てながら是政橋下に設置されているゴミ箱にそれを投げ捨てた。

それ以降も、ひたすら補給のことを悩みながら走り続けた。時間稼ぎで補給の間隔を少し長めにしていたが、それでも30キロ手前あたりで最後のようかんを食べて3つ全てを消費。こりゃ最後にバナナしかないか、と諦めかけていたその時奇跡が起きた。30キロ地点でゼリーが2つ並んで落ちているのを発見したのだ。また夢中でそれらを拾うと、今度は本当に未使用の、たしかに家から持ってきた私のものだ。おおおお。うれしい。これで補給問題は解決した。

しかしスタートしてからこの30キロ地点まで、ポケットのこととか補給のこととかに悩んでばかいでランニングにまったく集中できていない。ところがペースは悪くないのだ(途中気持ちが動揺して少し速くなったり、ゼリーを拾って時間をロスしたりはしたが)。ひょっとするとランニングのことを考えずに別のことを考えたほうがサブ3.5ランナーである友人の格言「フルマラソンは、30キロまでは寝て走れ」を実現できているのかもしれないなと思う。

けれども30キロを超えたあたりで両方のふくらはぎに疲れが溜まってきているのがわかる。朝から懸念していた右足親指付け根の鈍い痛みも気になる。足先が痛いのでだんだん足のかかと側でベタッベタッと着地する感じが強くなってきて全然軽やかじゃない。いろいろと懸念事項が増えてきていることを意識しながら是政橋にまた帰ってきて最後の10キロの周回に入った。これだけ走ってきてあと10キロってやっぱりマラソンの距離は長いよなー。

最後の上流の折返しあたりが35キロ地点。ここでさっき拾った奇跡のゼリーを口に流し入れ、給水所のポカリスエットで急いで嚥下する。なにせ補給用のゼリーはエネルギー摂取のことだけしか考えられていないので濃厚すぎて気持ち悪いのである。いやいや。奇跡のゼリーが気持ち悪いなどと書くとバチが当たりそうだが、まあしかしそういうものなのだ。ふくらはぎが痛い。そういえば昔駒沢公園でランニングフォーム講習会を受けた時、先生が「マラソンをする時は大きな筋肉、つまりお尻や太ももの筋肉に仕事をさせないといけない。ふくらはぎのような小さい筋肉を使っちゃいけない」と言われたな。しかしどうすれば太ももに仕事を振ることができるのか、肝心の答えがわからない。

37キロあたりで是政橋を通過して下流へ向かう。あと5.4キロだ。もはやフォームはめちゃくちゃになっているのが自分でもわかるし、何よりも呼吸がきつい。しかしなぜかペースは5分30秒をキープできている。おかしいな。絶対にペースが落ちている気がするんだがな。下流側の折返し地点手前には、河川敷にバーベキュー場がある。これまでは何も気にならなかったが、最後の周回の時ばかりはこのバーベキュー場から漂ってくる煙に「くそ。こいつらきっとうまい肉とビール呑んでるんだろう。こっちはヘロヘロになって走っているというのによー」などと腹が立ってくる。もはや完全な八つ当たりだ。このマラソン大会にエントリーして42キロちょっとを走ろうと思ったのは手前ではないか。

同時に、これまでずっと聴いていた音楽もだんだん不快になってくる。矢野顕子の「電話線」が嫌になって早送りし、同じアッコちゃんの「ひとつだけ」もいまいち。あいみょんの「満月の夜なら」とLOVE PSYCHEDELICOの「光」(宇多田ヒカルのカバー)で少し気持ちが持ち直したが、RCサクセションの「雨あがりの夜空に」で我慢ができなくなってワイヤレスイヤフォンを耳から引っこ抜く。好きな曲を厳選してプレイリストを作ったというのに、50曲以上耳を塞いで音楽を聴いているとどうやらストレスになるらしい。これも今後マラソン大会に出るときの課題になりそうだ。

40キロを超えた。大会前には「最初の30キロを1キロ5分30秒で行けば、あとはキロ6分に落ちてもサブ4達成だ」と考えていた。しかし実際に30キロを超えて40キロ地点までキロ5分30秒で来れても、あと2キロで足が止まってしまったらサブ4どころかゴールすらできないのだ、という当り前だが厳しい真実に気づく。それくらい走るのを止めたくなってきた。マラソンを実際に走っていると、事前に立てた小賢しい作戦などまったく無力になるのだなとあらためて感じる瞬間であった。走るのを止めたい、走りたくない、走りたくないと湧き出てくる感情を宥めすかして残りの2キロを走ってゴール。最後の200メートルがどんなに遠いねん。あー終わった。

ゴール直後にもらった完走証には3時間50分29秒とあった。望外の記録に自分でも驚いたのだが、しかしながら今回のレース中の心理状態は本当にひどいものだった。こうやって読み返してみても混乱していたり、腹を立てていてばかりなのである。ただスタート時に摂氏2度という寒さが私にとって大きな追い風になったのはたしかだと思う。しかし何よりも今回はRunkeeperアプリのトレーニング機能を使って10週間、提示されたメニューをほぼ100%こなすことができたのが大きいと感じた。

これからどこまで記録を伸ばせるのかよくわからないが、次回来年3月の東京マラソンでは、さしあたり3時間45分を目標にして再びRunkeeperコーチの教えを乞うことにしようと思う。

最後に今回のラップタイムを参考までに。こんなにうだうだうだうだと考えながら走っていたとは思えない安定したペースに我ながら驚く。いったい何でなんだろ?

ラップタイム2
ラップタイム3