(5) べんてん(高田馬場)

東池袋「大勝軒」に引き続き、もう一軒、つけ麺店を紹介させていただきたい。僕が選ぶ5軒目の店は「べんてん」である。

場所は、高田馬場。駅から早稲田通りを1本神田川沿いに入った、早稲田セミナーやゲームセンターのある細い通りをしばらく直進。早稲田セミナーを通り過ぎて1本目の道を左に入る。しばらく進むと神田川にぶつかるが、そこを右折。するとあなたは、年季の入った暖簾が垂れ下がった掘っ建て小屋の前に、蛇のように長い列をなしている人々を目撃するだろう。その小屋が「べんてん」。

この店は「大勝軒」と同じく夜間営業がなく、昼間のみの短時間営業である。休業日は日曜日。したがって、平日の昼間に高田馬場へのアクセスがままならない勤め人などにとって、「べんてん」を食することのできる唯一の機会は土曜日となる。ただし、土曜日の行列は長く、30人待ちがごくごく普通であるという状況。待ち時間にすれば、1時間30分~2時間といったところである。

一応、公式には営業時間は10:30から16:00までとなっているが、麺切れ次第終了となるため、お客が殺到する土曜日などは少なくとも14:00には現地に到着しておかなければ危険である(それでも、14:00到着では、チャーシューなどの人気アイテムが売り切れている可能性が高い)。15:00過ぎにのこのこ現れてフラれてしまっても、決して文句を言ってはいけない。それは「べんてん」の人気を過小評価していた貴方の責任なのである。

ちなみに、営業時間と食べることができる時間の関係についてここで一言。「べんてん」に限らず、僕がこの十撰にリストアップしている店はどこも似たような状況である。営業時間を信じて時間内に店に向かっても既に営業は終了。「麺切れ終了」を告げる看板が空しく掲げられている事態に遭遇することは、案外多い。つまり抜群の人気店にとって「営業時間はあってなきが如しである」ことを肝に銘じておこう。これがラーメン以外のジャンルの人気店と大きく異なるところである。

十分な時間的余裕をもって食べに出掛けよう!

本題に戻る。

「べんてん」は前述の東池袋「大勝軒」の影響を受けた店である。「大勝軒」のところで書いたとおり、つけ麺で勝負する店でこの店に感化され影響を受けたところは数多く存在し、「王子大勝軒」「北習(きたなら)大勝軒」をはじめとする大勝軒直系のほかにも西池袋「麺屋ごとう」、町屋「勢得」、川越「頑者」などが有名である(余談になるが「勢得」の店主は東池袋「大勝軒」と「べんてん」を研究して店を開いたと言われている。名店のDNAは、着々と後代に受け継がれているのである)。

極端な話、従来ならば考えられなかったような量の「太ストレート麺」を、コクのあるガツンとしたスープに漬けて啜り込むスタイルの店は、多かれ少なかれ、東池袋「大勝軒」の影響を受けていると言って差し支えないだろう。

その中でも「べんてん」は、大勝軒の味を模倣するに留まらず、それを発展させてオリジナリティー溢れる一杯を創作する非凡な店である。老若男女を問わず、熱狂的なファンが多いことも納得である。

さて、ラーメンの話に移りたいと思うが、当店の代表的なメニューであるつけ麺は、断面が丸く食感の良い自家製ストレート麺を使用。一気に啜り上げれば、弾力溢れる太麺が口内のありとあらゆる部位を心地よく刺激する。僕が知っている限り、つけ麺に使用する麺でこれを超えるものがないのではないかという程度の傑作。その太麺が丼一杯に積み上げられた様は、圧巻の一言だ。

スープは、「大勝軒」の甘みの強いコッテリ系をベースにはしているが、それに醤油の深みをプラスしていて甘辛く、完成度は非常に高い。大量の麺を漬け込んでも飽きが来ないように設定されている。誤解を恐れずに言えば、東池袋「大勝軒」のもりそばを、その基本は押さえつつも、悪い部分は大胆に省いて長所のみを最大限にプラスし、それに店主の個性を加えたものといったところか。これがつけ麺ファンを虜にしないはずがない!

具のチャーシューも、つけ麺系の泣き所と言われた固くて筋張った旧式のタイプではなく、柔らかく、歯ごたえの良いものを食べやすいように細かく刻んでスープの中に放り込んだスタイル。この刻みチャーシューを、スープや麺と絡めて口に放り込めば三味一体がもたらすグレードの高い快楽の境地が約束される。

分量は、普通が320g、中盛りが650g、大盛りが何と1㎏(2003年現在)という凶悪なまでの設定。320gと言えば、通常のラーメン店の2倍強に相当し、あの量の多さで有名な東池袋「大勝軒」よりも若干ではあるが多い分量である。しかしこれ程の量でありながら、あまりの旨さのために完食する人が多いので、店主は持ち前のサービス精神を発揮してますます設定を上げているようだ。

僕もこの店には何回か通ったが、未だに大盛りを食べている勇者にお目に掛かったことはない。普通の人間の胃袋であれば、頑張っても「中盛り」あたりが限界だ(僕も中盛りが限界である)。ところが、世の中は広いもので、ネットを見ていると、稀に大盛りに挑戦する強者を目撃したとの情報を耳にすることがあり、度肝を抜かされてしまう。「いくら食っても麺が減らない」「途中で死ぬかと思うような瞬間がある」などという強者の体験談も目撃したことがある。1㎏とはそれ程凄い分量なのである。

麺、スープ、具ともに全く死角がなく、それらの三者が醸し出すハーモニーは極度に洗練されている。非の打ち所のない逸品だ。少なくとも現時点において、山手線内でこれ以上のつけ麺を提供する店は存在しないだろうと僕は確信している。

(1)麺14点、(2)スープ19点、(3)具5点、(4)バランス10点、(5)将来性8点の計56点。

違うジャンルの麺で同レベルの店が誕生する可能性は否定できないものの、今後何らかの理由で味の低下を招かない限り「べんてん」はこのジャンルの頂点に君臨し続けることだろう。旨いつけ麺のお手本のような店である。ラーメンが市民権を得て久しく時間が経つが、フリークやラーメンファンはともかく、まだつけ麺はそれ程の知名度を獲得していないのが実情だと思う。そのような人にこそ、是非とも食していただきたい店である。