(4) 大勝軒(東池袋)

十撰の4軒目は、東池袋「大勝軒」である。

つけ麺界の大御所、日本一の待ち時間、圧倒的な分量など、この店に冠せられる栄誉ある形容詞は数限りない。まさに池袋の伝説である。池袋には和洋中色々な飲食店があるが、それら全てを引っくるめても、「大勝軒」よりも有名な店はあまりなさそうである。

小さなカウンターとテーブル席2つの小さな店。「角ふじ荘」という古ぼけた家の一角にあるお世辞にも綺麗とは言えないこの店こそが、日本のつけ麺界をリードし、数多くのつけ麺の名店を世に送り出し、現在もなおラーメン界に君臨し続ける巨星「大勝軒」なのである。何というパワーだろうか。ただただ驚愕するしかない。

この店については、実際に店主の偉業を記した1冊の本が出ているほどであり、僕ごとき軽輩が拙文を書かせていただくことは、実は恐縮の至りなのであるが、いくらアタマを絞ってみても、一生のうちでこの店のラーメンを食べないという選択肢は有り得ないという結論に達してしまうので、失礼を承知で敢えてペンを握らせていただいた次第である。

東池袋「大勝軒」は、僕のラーメン遍歴の中でも特に色々な思い入れが詰まった大切な一軒である。コッテリ背脂チャッチャ系のラーメンしか好まなかった僕に、そういうものじゃなくても美味いラーメンがあることを教えてくれたのもここだったし、猛暑、厳寒の中、2時間待ちの行列を堪え忍んだ同志は今でも僕の良き友である。もしかするとこの店の真価の半分は、こういうところにあるのではないだろうかと邪推する。

場所は、東池袋サンシャイン60の付近の公園近く、昔ながらの東京の情緒が色濃く残る街の一角にあるが、この店の軒先に列をなす人達は他店のそれとは違って、不思議と穏やかで優しい印象を受ける。食べる前の長い待ち時間にさえも、それぞれが思い思いの楽しみを見つけているように見える。

前述したように、この店の行列の待ち時間の長さは日本一とも言われており、11時から15時までという営業時間の短さも手伝ってか、余程の幸運に恵まれない限り、少なくとも1時間以上の待ち時間を覚悟しなければならない。昔ながらの常連が多いこの店の客は、そのことをよく解っているようで、それぞれが、愛読書を持参したり、軒先でビールを購入したりしながら、優雅な時間を過ごすのである。今の東京でこういう行列を拝むことのできる店は、そうそうない。

さて、味の方であるが、基本はもりそばと呼ばれるつけ麺と、ラーメンの2種類。ラーメンもボリュームたっぷりで旨いのだが、やはりここではもりそばを注文する人が圧倒的に多い。メニューの呼び方は独特で、つけ麺系は「もりそば(スープは熱く麺は冷たい)」を基本に、スープも麺も熱い「あつもり」、それに生卵を入れる「あつなま」などがある。

特に注意が必要なのはここ独特のオーダーの方法。並んでいる途中で店のお兄さんが「何にしますか?」と注文を取りに来るのである。初心者はこの段階で面食らうことになると思うので(ボクもそうだった)、あらかじめどのようなメニューが存在するのかを予習しておくことが望ましい。

僕は、ここ数年は「あつから」(「から」とは味濃いめの「大勝軒」流の呼び方)」か「あつからの大」をマイメニューと決めている。なにぶん行列が長いので、待っている内につい欲が出て、大盛りを頼んでしまうのである。しかしこの行動は、たいてい後悔を招くことになる。というのはこの店、普通盛りで300g弱、大盛りで500g強程度の分量があるのだ。それが一体どれくらいの量かと言えば、普通盛りで通常の2倍強、大盛りで通常の4倍弱といった凶暴極まりないもの。それでも、大抵の人は(女性さえも)普通盛りであればペロリと平らげてしまうのだから驚きである。

ラーメンの内容は、ブタ、トリ、野菜を煮込んだスープに丼に盛られた柔らかめの自家製太麺を漬けてズズッと啜る。特に一番最初にプリプリの麺をスープに漬け、箸で掬い上げたそれを思いっきり口の中に放り込んだ時の快感は、他に比類なき至福と断言して差し支えないだろう。みんな、この快感を味わいたいが為に行列に参加するのである。

甘辛いスープを太麺ががっぷりとヨツに受け止め、スープが麺に力負けすることも、麺がスープに気圧されることもない。この両者が最高の仕事をして、野趣味溢れる極めてレベルの高いつけ麺が完成する。

個人的には、最後まで食べてもスープが冷めない「あつもり」がお薦め。僕は、つけ麺の弱点は冷たい麺を熱いスープにつけている内にスープが冷めてしまうことだと考えているが、麺を温かくすればそのような心配も杞憂なわけだ。

チャーシューは、デフォルトでも3枚。お得である。ただし昔ながらの製法で作っているためか、若干固いのが個人的には気になるところである。ただこのような野性的なつけ麺には、気骨あるチャーシューの方が似合うという人もいる。

残ったスープは「スープを下さい」と申請し、スープ割りをして最後まで飲み干すのが流儀。スープを一滴残らず飲み干した後に訪れる満足感は、大行列を補ってもなおオツリが来るものだと、僕は思っている。

評価は「あつもり」で、(1)麺13点、(2)スープ18点、(3)具3点、(4)バランス9点、(5)将来性7点の計50点。

この店は、今後、味をどのように変えていくかというよりは、今後も今までの味を守り続けることができるかどうかが課題である。ただし心配は無用だろう。味を守ることの大切さを誰よりも理解しているのは、「大勝軒」自身なのだから。