会社を休んでチベットへ行こう (5)

旅行2日目 ノルブリンカ

ラサ市に入ってしばらくするとホテルに到着した。ラッパとハッパとは、14時に昼食の待ち合わせをして、いったん別れることになった。ホテルの部屋は、成都のそれと同程度の、予想に反した立派なものである。事前に『地球の歩き方』で、チベットの風呂に入るにはサンダルが必要との情報を得ていた自分は、愚直にサンダルを日本から持参したのだが、全く不要だった。ただし部屋が寒いのだが暖房は入らなかった。

部屋で地図を見ていると、ノルブリンカというダライ・ラマの離宮が近いらしい。高度に慣れるため、14時までは部屋に居るようにハッパさんに言われていたのだが、14時まで2時間程度あったので早速外出することにした。

まずはホテルの並びにある個人商店に入り、飲み物を購入することにした。水が置いてある陳列棚にたどり着くと、様々な種類のペットボトルに混じって、なぜか浜崎あゆみがパッケージになったオレンジジュースが売られている。その名も「HAMAZAKI AYUMI」。しかし、とりあえずこのジュースの購入は見合わせ、水(大体15~30円程度)を数本とオレンジの味がする飲料水(大体60円程度)を購入。

その後、地図に従って交差点を左に曲がり、次の交差点を右に曲がって歩を進めると、立ち並ぶ民家の前で、人々が食事をしたり、語らったり、マージャンを楽しんだりしている。これらを右手に見ながら、左手に出てくるはずの入口を探して延々と歩くのだが、15分ほど歩き、この先道がないところまで来て、ようやく『地球の歩き方』に載っている写真とは全く異なるショボい門が出てきた。くぐると、塀に囲まれて長屋が立ち並んでいる。この門でないことは明らかだが、地図上ではノルブリンカはこの長屋の向こう側に位置するため、中に入って入口を探すことにした。

敷地では、子供たちが遊びまわる中、女性が洗濯をしている。さらに進むと、パラボナアンテナの如く角度を付けた大きい鉄板の上に、やかんを乗せた装置が2つ置いてある。太陽光を1点に集めてやかんの水を温める仕組みだ。さらに行くと、煙草を燻らせながらたそがれている男性がいたので、この人に思い切って道を訊いてみることにした。地図を見せながら、「ノルブリンカ?」と聞くと、やはりきれいな笑顔で、にこやかに手振りを加えながら教えてくれる。しかし言葉の意味が分からない。ここでもやはり「あー、あー」と定番の音を発していると、その人は自転車で案内してくれる仕草をしてくれた。すぐさま近くに居た自分の息子を自転車の後部に乗せ、2人でもと来た道を歩き出した。

歩きながら、お互いに色々とコミュニケーションを図ろうとするのだが、まったく会話にならない。すると彼は、ちょっと待ってろという仕草をした後、自転車と子供を置いて、走って家に帰り、間もなく1冊の本を持ってきた。見ると、日常会話の短文を、英語と中国語とチベット語で書き綴っている。その本のおかげで、今日は暖かいことと、その人には子供が一人しかいないこと、そしてその人の職業が人力車の引き手であることが分かった。

20分ほどして、ノルブリンカの門が見えるところまでやって来たため、別れることになった。別れに際し、彼はその翻訳本をくれようとしたのだが、丁重に断り、一方で固辞する彼に対して半ば強引に、お礼として、さきほど買ったばかりの飲料水を差し上げた。

こうしてようやくノルブリンカにたどり着いたのだが、時計を見ると、既に13時30分ごろである。高山病にやられてしまうので、走って帰るわけにはいかず、そうすると14時の待ち合わせには、そろそろ帰り始めないといけない。門の写真だけを撮って、ホテルに戻る。帰りは、来たときとは反対側の歩道を歩いたのだが、そこには中国の軍事施設や、議会がやはり威圧的に立ち並んでいる。それらの門の前にはどれも黄色の線が引いてあり、なぜか「バドワイザー」と書いてあるパラソルの下で日除けしながら警備に当たっている公安警察官が、往来が線の内側に踏み込まないよう監視している。線内に入らぬよう、外側から中を観ていたら、歩けという仕草をされた。建物だけでなく人まで威圧的である。