会社を休んでチベットへ行こう (4)

旅行2日目 ラサへ

早朝5時過ぎに1階のフロントで、昨日の女性ガイドと落ち合った。部屋の鍵を返そうにもフロントには誰もいないため、やむなくガイドに預け、早速車に乗り込み、昨夜来た道を逆走して空港へ。

空港到着後、人が少ないせいもあり、今度はスムーズにチェックイン。その足で手荷物検査場に向かい検査を受けるようガイドに促された。が、何か足りない気がする。中国の空港に必要な4つのもの・・・。そうだ。「ガイドさん、空港税をまだ支払ってませんが」。「あっ!」。急遽空港税を支払いに行き、すんなりと証明書を受け取ったのだが、その間中、ガイドはしきりに「私の頭は朝あまり回りません」だの「普段は団体旅行を扱っていますから」だのと、言い訳を述べていた。検査場に着き「もうここでいいですよ」と言ったら、そそくさと帰ってしまう。オレはそんなに怖そうな客に見えるのか。

中国の検査は、上着までX線にかける厳しさだが、危ないものを持っている筈もない自分は、堂々とズボンのポケットに入っている小物をすべてかごに吐き出し、金属探知機を潜り抜けた。しかし、いざ荷物を取ろうとしたところ、検査場のお姉さんが、僕のかごだけ中身を丹念にチェックしている。どうやら携帯用の正露丸に多大な興味を示しているようだ。「開けましょうか?」英語で尋ねると、開けろという仕草をする。一瞬、あの臭いといい、あの色といい、火薬と思われたらどうしよう、言葉が通じないので、ガイドを帰さなきゃ良かったと後悔もしたが、実物を見た検査員はすんなり通過させてくれた。

ゲートに到着し、昨夜購入したパンを喰らい、本を読みながら出発の時間を待つ。今回のフライトは予想に反して定刻通り。乗り込んだラサ行きの飛行機は、JALの日本-ニューヨーク便さながらの立派なジャンボジェット機であった。乗客は、広州より一層顔色が浅黒い。たまに顔色の白い人がいれば、大抵深緑色の公安の制服を着ている。機内食はお粥の他、ピーナッツと漬物を和えた副食、それにケーキと水。高山病対策に水がいいと聞いていたので機内ではひたすらコーラを飲んだ。中国のコーラは甘味が少ない。

1時間余りで、飛行機はラサ空港に着陸した。空港は標高約3,500メートルに位置するが、意外なことに機窓から見る山々は雪を頂いていない。表面は砂のみで草木は生えておらず、全体的に無味乾燥とした風景である。そんな中に建っている空港は、やはり不釣合いに立派である。

例のごとく矢印に従って進むと、ローマ字で自分の名を書いた紙を掲げている黒い顔の人を見付けた。こちらから「こんにちは」と挨拶すると、「ハーイ、ウェルカムトゥチベット」と返してくる。出国前は日本語ガイドと聞いていたが、彼は日本語がからきしダメで、結局、英語で意思疎通を図ることになった。話が違うではないか。

早速駐車場に向かうと、そこにはオンボロのランドクルーザーが停まっていた。金属の部分は錆び、タイヤは砂まみれで、いかにもチベットの大地を駆け抜けてきたという年季が感じられる。運転席には人の良さそうな細くて浅黒い男が座っていて、にこりと笑いかけてきた。先の人もそうだが、チベット人は、歯が真っ白でその並びがいいせいもあってか、笑顔がとても素敵である。

彼には最初から英語で「ハーイ」と呼びかけたが、相好を崩したまま、しかし応答はない。そこで今度は「こんにちは」と呼びかけたが、やはり同じ反応。先の人が言うに、彼は英語も日本語もダメだそうだ。ちなみに、この運転手の名は「ラッパ」さん、英語が話せるガイドの名は「ハッパ」さん。本当なんだから困ったものだ。

すぐさま車はラサ市に向けて出発。紫外線を遮断するシートが貼られた車窓からは、連なる山々、川、平屋の白い家々が、同じような景色を呈している。ラサのこの時期は乾季のため、空は青々しく、大変美しい。

スピード計が壊れていたので不正確だが、大体時速40キロ程度で走っていたと思う。途中、チベットに似つかわしくないキレイな車に追い越されたり、10人位の僧侶を乗せた3輪トラックなんかを追い越しながら、ひた走った。道路は舗装されているのだが、何しろ車の痛みはひどく、サスペンションが全く効いていないため、乗り心地はかなり悪い。しかも高山病予防として折から水を飲みまくっていたせいで膀胱が、上下に揺れに耐えられなくなった。堪らず、1時間半の行程で2回もトイレ休憩をさせてもらう体たらく。

道中、ハッパさんと旅程を詰めた。「明日はどうしますか」。翌日は、ポタラ宮→セラ寺→ジョカン(大昭寺)→バルコルの1日ツアーを、出発前に旅行会社へ申し込んでいたため、その旨を伝えたところ、「一日で4つは回れません」とのこと。しかもセラ寺は面白くないので、午前中ポタラ宮を観た後、代わりに午後はタクツェに連れて行ってくれるという。タクツェとは、ラサの東約25キロに位置する都市で、さらに東に25キロ行った所にあるガンデン寺というのが有名である。ラサから随分と離れているため、惜しくも当初の旅行計画から外した候補地であっただけに、この提案に乗ることにした。「タクツェはいくらですか」。「バスだと20元(=300円)、車だとこのランドクルーザーを使いますので400元(=6,000円)です」。迷わずバスにした。

その後の予定を尋ねると、「あさっては、午前中にデプン寺へ、午後はジョカンとバルコルに行きましょう。しあさってはセラ寺に連れて行ってあげます」という。しかし、しあさっては帰国の日である。「僕は、その日には帰りますが」「え?」。その後も『地球の歩き方』をペラペラめくっていると、ガンデン寺に行くためのバスは、ラサ発8時・ガンデン寺発12時の便しかないことを知り、すったもんだした末、結局、翌日にポタラ宮とジョカン、翌々日にセラ寺とバルコルに行くことで、ようやくスケジュールが固まった。

空港を出て40~50分走ると、曲水大橋という橋にさしかかった。橋の両側には公安警察が警備しており、橋の向こうはちょっとした町になっている。ここはラサ市や空港のみならず、シガツェというチベット第2の都市や、果てはネパールに繋がる道が集まる交通の要所なのだ。橋を渡って右に折れ、ここからさらに40~50分進むと、ようやくラサ市に到着する。

道中、点在する平屋の家々を指し、ハッパさんが村名を紹介してくれるのだが、全く名前を覚えていない。こうした中、たまに周辺を圧倒するように聳え立つ10階程度の高層建物が姿を現す。聞くと、中国の公共施設なのだそうだ。村の人口全体を収容できそうな警察署の規模からは、チベット人に威圧感を与えることで統治を円滑にしようとする中国政府の政治的戦略が窺える。