(7) 神名備(千駄木)

次に紹介するのは、東京山手線管内北部エリアの雄「神名備」である。僕の漠然とした感覚によれば、山手線管内北部エリアと言えばJR池袋駅から上野駅辺りまでがイメージされるが、その中でも際立ってレベルが高い店が多い池袋駅界隈(東池袋「大勝軒」などを擁する)を除けば、間違いなく「神名備」のクオリティが突出しているであろう。

個々の店の総合的な力量を冷静に考察すれば、供されるラーメンのタイプこそ全く違うものの、北部エリアの両横綱と言えば、東池袋「大勝軒」とここ「神名備」なのではないか。

と、フリーク達からの異論・反論が噴出することを覚悟で敢えて言い切ってしまおう。

では何故「神名備」なのか。それは、店主御夫婦達の客に対するきめ細やかなサービスや思いやりなどから自ずと生じる気持ちの良い店内の雰囲気、そして勿論言うまでもないことであるが、ラーメンを初めとする各メニューの質の高さに至るまでのあらゆる要素が超一流だからである。今では、押しも押されもせぬ大人気店でありながら、その人気にあぐらを掻かずに謙虚に一杯のラーメンを提供し続ける姿勢には誰しもが敬服せざるを得ない。

ではこの店はどこまでのサービスを客に提供しているのだろうか。これは一例に過ぎないが、丁寧に解説が手書きで書かれたお品書き、どれだけ混雑していても1回当たり3杯のラーメンしか作らないという味へのこだわり、また、どれだけ行列が延びていても見知らぬ客同士を相席させず、1グループ1テーブル制を貫き通す客への配慮など。その全てがストレートに食べに来た客を満足させ、「ああ、この店にはもう一度行きたいなぁ」と思わせるのである。

一応店名を冠した「神名備そば」という淡泊清涼な塩ラーメンがこの店の代表メニューであるが、この店は決して客にそれを押し付けない。「当店のメニューは全てお薦め品であり、看板メニューは存在しません」という意味の添え書きがそれを物語る。どこまでも崇高にして謙虚な姿勢である。

こういう店だから、僕にとっても「神名備」には様々な思い入れがあり、決して忘れることができないのだ。この年齢にもなれば、誰でも辛く悲しい出来事のひとつもある。時には忘れ得ぬ女性を想い涙することもある。「神名備」のラーメンはそういう僕の気持ちを時には癒し、時には僕を「しっかりしろよ!」と励ましてくれるのである。他に美味しいラーメンは数多くあれど、人の心をこれ程までに癒してくれるラーメンを僕は知らない。

特に、代表メニューである「神名備そば」。繊細で可憐な乙女を思わせる黄金色のスープ。このスープは決して自己を主張することはないが、それでいてひとたび味わえば慎ましやかな優しさが全身を包み込む。

味は塩味ベースであるが、濃度は極めて控えめであり、2、3杯のレンゲで味わって初めて塩だと気付くくらいである。卵色をした特製のストレート細麺は青竹のようにピンと伸び、全く雑味を感じさせない。麺そのものの味も極めて美味い。味がする麺でこれほど美味なものも珍しい。麺とスープが醸し出すハーモニーは絶妙にして奥深く、傑作の名に恥じることはない。これは、もはやラーメンというジャンルを超えた「麺」という名の芸術品である。

チャーシューは、金華豚を丹念に炙り、少し焦げ目を付けたものであり、見た目も華やか。あたかも女性の黒髪を飾る真紅のリボンだと言ってしまえば大袈裟だろうか。味も極上であり、単なる煮豚とは完全に一線を画している。

とどめに添えられたカイワレ大根も鮮烈な苦みのアクセントを食べ手にプレゼントする。

極めて女性的な香りのする、優しくも神々しい傑作である。

(1)麺13点、(2)スープ18点、(3)具5点、(4)バランス10点、(5)将来性9点の計55点の評価。

並はやや分量が少な目なので、男性ならば大盛り以上を頼もう。

もちろん「神名備そば」以外のメニューも絶品。特に「坦々麺」と「豚骨ラーメン」は店主も歴史的傑作の太鼓判を押す逸品である。

現在、月、火休の原則昼営業、土日のみ夜営業(21時まで)もあるが、基本的には短時間営業なので、食べに向かう人は是非注意されたい。一度味わえば病みつきになること請け合いの傑作ラーメンである。