虚々実々新聞 第11号 (8/16/1997)

考える葦の考える脚 ~ストッキング進化論

六月中旬。この季節、日本列島の大部分が湿気に満ちた空気に覆われる。もちろんW歌山市内も例外ではない。しかしこの鬱陶しい天気の下、大手通信会社W歌山支店営業部営業企画担当のI沼女史の脚部だけは眩しいばかりに光を放っていた。

「あの妖しげな脚部の輝きはただごとではない」。以前から不審の念を抱き続けていた筆者はその謎を解明すべく果敢な取材を繰り返し、ついにある有力な手がかりを得た。鍵はアメリカ南部にあったのだ。

米フロリダ州ケープ・カナベラル。ここはNASA(アメリカ航空宇宙局)が誇るスペースシャトルの発射場があることで世界的に有名な土地である。だが七月二十六日を境にして、人々はまったく別のイメージをNASAに対して抱くことになるだろう。

スペースシャトルの発着場から北に300メートルほど歩くと、暗いグレーで覆われた五階建てのビルが通りの左側に建っている。

七月二十六日、周囲のハイテックな雰囲気とは一線を画した目立たないこのビルの最上階の応接室で、NASAお客様サービス部製品開発課主任、ナオミ・キャンベルスープ女史と筆者との歴史的な会見が行われた。

「たしかにNASAは数年来、次世代の婦人用ストッキングの開発を進めてきました。極秘裡のうちに進めてきたこの開発計画が露見してしまったことは遺憾だけど、あなたがたの情報力を誉めるべきかしら」

自らの進退をも左右しかねない失態。だが、彼女は冷静を装った。

「デュポン社が開発したナイロン製のストッキングが全米で発売されたのは1940年のことでした。その頃は「奇跡の繊維」などともてはやされたものでしたが、そんな牧歌的な状況はとっくに過ぎ去ったといっていいでしょうね」

キャンベルスープ女史の口調が徐々に熱っぽさを増してゆく。

「当時と違って現代女性の脚は過酷な環境に晒されています。オゾンホールの拡大に伴い、地表に降り注ぐ紫外線の量は二十五年前の実に七倍。さらに年々深刻さを増しつつある女性を狙った性犯罪。それなのに怠惰極まる女性下着メーカーはあいもかわらず旧態依然としたナイロンストッキングを生産し続けています。環境が変化すれば身に着けるものも変化するのが当然でしょう」

「もちろん下着メーカーだけに責任をかぶせるのは片手落ちね。問題は女性たちの側にもあるのです。現代女性は顔に注意を払いすぎて脚部をあまりにもおざなりに扱っているわ。ヘッド隠してヒップ隠さずということわざが日本にはあると聞いていますがまさにそういう状況なのです」

こう言いながら彼女は百数十ページほどの冊子を取りだした。生理学の世界的権威であるトネガワ博士の最新論文だという。『メラニンとノリピー~ポストたまごっち時代のサイバー・フェミニズム』(註1)と題されたこの論文のなかで博士は、豊富な検証の後「メラニン色素の沈着は、人体の下部にいくほど、すなわちつま先に近づくほど発生しやすい傾向がある」と結論づけている。

この論文こそ「現代女性の脚部を保護すべきストッキングの、あまりの脆弱性に警鐘を打ち鳴らすもの」であり、「われわれの考え方に理論的根拠を与えてくれた」とキャンベルスープ女史は主張する。

「こうした状況をふまえてアメリカ政府がわれわれNASAお客様サービス部に対して次世代婦人用ストッキングの開発を命じたのは今から六年前のことでした」

会見は今や佳境を迎えつつあった。「そして開発者同士の数え切れないディスカッションと幾多の失敗作を経て、試作品が完成したのが一年前。それはロケット工学と高分子化学の粋を結集した意欲的なものでした」

長きにわたる苦労が脳裏をかすめたのであろうか、彼女の瞳にうっすらと光るものが浮かぶ。

「わかっていただけると思いますが、この製品は従来のストッキングとはまったく異なるコンセプトの下に開発されたものです。ですからわれわれはこれをナイロンストッキングと区別するため、「スパークリング・レッグウェア」と呼んでいます」

「スパークリング・レッグウェア」は夏季の炎天下という状況においても紫外線を97%以上遮断することができ、独ヘンケル社のナイフすら貫通できないという特殊素材でできている。また常に脚部を摂氏19度プラスマイナス1度に保つ超小型サーモ・センサーを内蔵している。このサーモ・センサーを動作させるためのメカニズムに関してキャンベルスープ女史は「ノーコメント」を繰り返したが、情報筋によればNASAとインテル社が共同で開発した極小チップ(Pentium166MHz相当)が腰部に組み込まれており、太陽熱で動作するという。

まさにハイテクノロジーの鎧といった感のある「スパークリング・レッグウェア」はまたその名のとおり自ら光を放つ。上記システムが動作中に発生する熱エネルギーを光に変換しているらしいのだが、これが残業帰りに危険と隣り合わせで夜道を歩くワーキング・ウーマンを守るのに「絶大な効果を発揮する」(同情報筋)のだという。

「あくまでも予定ですが」キャンベルスープ女史は続けた。「今年末ごろに全世界で同時にスパークリング・レッグウェアを発売することになっています」。

彼女はまた、試作品の性能をテストするために『光るストッキング惑星』という名で日本の「西部の限定された地域」で試験的に販売していたことをしぶしぶながら認めた。「それはW歌山県ではないのか」という筆者の問いには「残念ながらお答えできない」とのことであった。しかしI沼女史の光かがやく脚部を思い起こせば、答えは火を見るより明らかだ。

I沼女史の光る脚とスパークリング・レッグウェア。多くの謎を秘めた両者がこの瞬間鮮やかにリンクしたのである。

この時季、フロリダはバカンスを楽しむ大勢の観光客でにぎわう。働く女性たちもひとときの休息の時間を過ごしていることだろう。彼女たちも数カ月後には、この次世代ストッキングを身に着けて職場を闊歩しているのであろうか。NASAが自らの命運を賭けた製品、スパークリング・レッグウェアの全世界同時発売は目前に迫っている。そして今日もNASAの開発者たちは躍動するI沼女史の脚部に熱い視線をおくり続けているのだ。


(註1) Tonegawa, S.,Melanin and Noripy; Cyber-feminism in post-Tamagotchi age, Yale Univ. Press, 1997